2015年07月05日

『私は中国の指導者の通訳だった』



 日中間に国交の無かった1950年代に日本語を学び、70年代、80年代初頭まで、毛沢東以下国家指導者クラスや日本側要人の日本語通訳を務めた作者の回顧録。

 原題は『我為中國領導人當翻譯--見證中日外交秘辛』で、2013年11月に香港で出版されている。原書の表紙は日中両国の国旗が描かれていて、作者本人と田中角栄が写る写真を持ってきている日本語版と比べ、「官制」感が強い気がする。

 先に問題点を挙げておくと、通訳の自伝とは言え、細かい通訳のテクニックなどを披露しているわけではないにせよ、日本語訳が死ぬほど下手なのに驚く。

 加藤千洋が他に訳したものもこんなありさまなのだろうか。加藤は中国語は出来るが訳者ではないのだから慣れている人に任せて、記者としての知識を生かして監修にでも回るべきだったし、実は外注で加藤が監修してこれならもうひとつひどい。

 共同翻訳者として鹿雪瑩という日本語研究者も名前が出ているが、ネイティヴじゃない人にチェックは出来んだろうし。それにしてもテンポが悪い。中心をステーションと訳出するやつは絶滅してほしい。

 資料的に価値があるのは、通訳を担当した中国の指導者10人のエピソードを紹介する第5章だろう。香港でしか出版できなかったとはいえ、胡耀邦がその10人に入っていることに少し驚いてしまう。

 その反面、作者が翻訳を担当した「指導者」の列から趙紫陽は漏れている。趙紫陽が訪日した頃は、作者は既に外交部から離れていたので、おかしくはないのだろうが。

 ベースとなる香港版には趙紫陽や習仲勲、万里などの翻訳も担当したようなのだが、日本語版ではカットされてしまったのだろうか。
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2015年03月12日

『十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』



 一気に読んでしまった件。やはり、興味を持っている分野だと読み進むのが早い。江沢民時代から現在までの20年の権力闘争とその周辺をコンパクトにまとめた良書というしかありません。

 一応文句を言っておくと、徐才厚、周永康、令計画の3人については、現在進行形でまだ党としての結論が出ていないので、中途半端な感じを受けましたが、不満はそこくらいかなあ。

 江沢民オワタと結論付けられていたのには違和感を覚えますが、次に紹介する2つの記事を思い出しますた。


江沢民、上海の春節祝賀会に出席、詩歌で激励(新華社 2009/1/24)

 当時の上海ツートップだった兪正声、韓正を従え、現役の指導者よろしく引退した上海市の古参同志を慰問するだけに留まらず、「あっという間の20年だった。幾多の労苦が今を作り上げた。浦江両岸は一変した。みんな心を一つに前進しよう」という胡錦濤をグランドスルーしたポエムを披露しています。

 2009年からさかのぼること20年前と言えば、六四天安門事件が起き、江沢民が総書記に選ばれた1989年。そこから20年間は江沢民時代で、「胡錦濤?核心にもなれない甲斐性無しのくせにw」といった感情がにじみ出ています。

 同書では江沢民の姑のような嫌がらせで、胡錦濤は何もできないまま終わった甲斐性無しと結論付けられていますが、読後にこのポエムを見返すと、まさに2009年がひとつのピークだったことがわかります。

習近平「共通の理想、信念を用い、民族の意思を凝縮せよ 中国精神を用い、中国の力を呼び起こせ」(新華社 2014/9/30)

 6年後の国慶節(建国記念日)イベントに出席した江沢民。「党と国家の指導的職務から退任した古参同志」として紹介されていますが、葬式に参列していたころは「党と国家の指導者」としてひとまとめだったはず。

 中南海と中央軍事委員会が入る八一大楼からオフィスが撤去され、江沢民に党の重要事項を相談するのを止めた第18回党大会時点で、党と国家の指導者ではなくなったと見るべきなのか。

 いずれにしても、わざわざ「引退しました」と言われたのは初めてで、6年間での江沢民の凋落を思い知らされます。

 書評じゃなくて読書感想文だからこんなもんです。
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2011年08月03日

素人日本人が反日国家中国でテレビに出演してみた

 『天天向上』に出演した友人からの寄稿がありましたので、載せてみました。

 地震発生直後から、園田さんの活動と、それに友人が噛んでいるとは聞いていました。チャリティにしたいがどうすればいいかと相談を頂いていたのですが、良い方法が思いつかず、今日ようやくお手伝いできた気がします。



 寄稿文にも挟んでありますが、「天天向上」の様子がようつべで見られます。園田さん、イケメンですねえ。

 「はじめまして、こちらは湖南衛視の『天天向上』です。突然すみませんがテレビ出演してくれませんか?」

 電話を受けた園田芳雄は中国で活躍する日本人音楽プロデューサー。広州のパラリンピックの主題歌を編曲したこともある、才能ある若者だ。

 中国の業界を知っているだけに、湖南衛視がどういうテレビ局で天天向上がどういう番組なのかをよく知っていた。それだけに電話口で言っていることを信用できなかったようだ。

 「あなたはどうして私を知っているのですか?」

 当然沸いてくる疑問だ。

 「実はyoukuであなたの動画を見させていただき、とても感動いたしました。是非うちの番組に出て欲しいと思い、電話をさせていただきました」

 youkuとは中国の動画サイトで、彼のアップした動画とは、東北地方大地震の時に作った応援ソング‘愛’。この曲は被災者および全ての日本人に捧げる愛の歌であり、合唱という形で現地留学生の力を借り完成した応援ソングだ。

 ニコニコ動画やyoutubeにも転載したのだが、youkuの動画が湖南衛視の目にとまったようだ。

 交通費、宿泊費を出すから6月14日に長沙まできてください、というのである。その場では保留ということにしたようだ。

 こういった経緯で私の元に園田から電話がかかってきた。

 「ネジちゃん(寄稿者)、こういうわけなんだけど、合唱隊のみんな集めることできるかなぁ…。」

 正直自信は少しあった。

 前回、“愛”を収録する際に18人集まっていただいたのだが、その募集方法は地道そのものだった。mixiのコミュニティー機能を使い、各大学のコミュに参加募集を書いて回った。

 合唱の考案から5日ほどで、18人もの日本人に集まっていただけたのは本当にありがたかった。

 それだけに、多くの方は参加できるだろうと高をくくっていたのだが、運の悪いことに6月中旬は中国では期末テストの時期であり、HSKの試験も重なり、参加表明をいただけたのはたったの3人、私と園田を含め5人だった。

 園田に人数が合唱するに足りぬ現状であることを伝えた。すぐさま湖南衛視に電話をしたが、帰ってきた答えには驚いた。

 「その人数でいいですよ、こちらで2人ほど日本人を用意しますので、7人で合唱することにしましょう。では14日の飛行機のチケットは5人分でいいのですね?」

 とんとん拍子で話が進む。

 しかしこういう時こそ問題が起こるものだ。参加者の一人がビザ申請のためにパスポートを所持していなかった。これでは飛行機に乗ることができない。

 仕方なく、汽車に乗っての移動となった。しかもこの日は12日、出発日が13日であるため、チケットがないかもしれない。 すぐに近くにあるチケット売り場で空きを探した。

【K471便 19時間30分…】

 どうやらこれしかないようだ。。。長旅は覚悟していたが、20時間とは。。

 汽車の旅は楽しかったが、ここでは省略させていただく。

 14日の14時半、長沙に到着、テレビ局のバスでホテルに移動。なんと5つ星である。19時に自室にて打ち合わせがあるとのことなので、空いた時間で長沙観光をすることにした。

 長沙には、北京にある王府井をモチーフにした歩行者天国がある。その中にある小吃街はまさに王府井とそっくりだった。適当に買い食いをし、友人の知り合いの中国人のオススメの店で御飯を済ませ、19時にホテルへ戻り打ち合わせ開始。

 撮影の進行はこうだ。舞台の裏から入場後、一列に並び自己紹介兼トークショー、最後に合唱をし、終了。どうやら自分達はトリを務めるようだ。

 トークショーの内容と合唱の練習を数回し、2時間ほどで打ち合わせは終わった。出演を明日に迎え、英気を養うために長沙の夜の街へ。しかし外に出ると大雨…BARにいきたいとせがむ友人とともに夜の街へ消えていった。

 14日、朝9時に迎えが来た。そのままバスでテレビ局まで行く。テレビ局の門番は腰に銃を構えている。物々しい雰囲気である。

 案内人に促され局内へ。化粧室に通され、しばらく待った。 するとメイクさんが現れてこれから出演者全員にメイクをするという。元々化粧栄えしない顔立ちなのか、それともメイクの腕が悪かったのか、改善が見られなかった(笑)

 その後昼食をとり、14時ごろにリハーサルを開始。

 まだ組み立てが終わっていないステージで入場から合唱までを練習した。このステージには400人ほど入るという。本番にはきっと上がってしまうのだろう。

 15時、天天向上の本番開始。

 現場の雰囲気を知るために覗いてみた。老若男女が犇めき合っていた。警備員に阻止されたので素直に退散。するとどこかでみたことのある人物が現れた。矢野浩二である。

 日本人にしては珍しく抗日ドラマなどに出演する変わり者である。天天向上は彼も参加する番組だ。どうやら挨拶をしないといけないらしい。ところが私は急に催してしまい、トイレへ直行。その間に挨拶は終わったようだ。

 自分達の出番は番組最後であった為、そこから2時間ほど待たされ、そしてついに出番を迎えた。

 舞台の後ろに立ち、日本人留学生登場!の声を待つ。



 司会者が日本人留学生登場といったと同時に、日本の曲が流れる。入場の合図である。 舞台裏の両サイドから入場する。2,3,2の人数で行進し、最後に一列になった。

 盛大な拍手で迎えられ、司会が進行していく。 それぞれが自己紹介をし、「愛」の合唱をした。

 最後歌詞を間違えてしまった方もいたのだが、日本語であるために間違えに気付かなかったようだ。歌いなおし無しで一発OKだった。

 今回私達をテレビに呼んだ目的は大きく分けて二つであろう。

 一つは、いかに中国が外国人に対して寛容であるのかを再確認すること。

 そしてもう一つ、日本の印象を変えようとしている、である。

 いかに外国人に優しいか、はトークショーの中で出てくる。中国語を教えてくれた先生に感謝していることを述べよ。

 そこは園田が代表して答えた。

 震災の時にいち早く電話をしてくれた、とても親身に教えてくれたなどなど。とにかく褒めまくった。

 そして日本の印象について。これは言わずもがな、愛の合唱であろう。中国という故郷を離れて暮らす日本人留学生達が、震災にあった故郷を思い合唱をする。

 これがどの程度中国人の心を打つのかはわからないが、少なくとも人間としてみていただけたのだろう。

 中国教育は共産党で始まり共産党で終わる。国民は生まれてまもなく共産党の支配下に置かれ、手厚い洗脳教育を受ける。

 幼少から共産党を支持する党歌を歌わされ、いかに中国がすばらしい国なのか、共産党がすばらしいのかを植えつけられる。

 また365日中国のテレビで流れる抗日戦争関連の映画やドラマは、中国政府の日本へのプロカバンダを忠実に投影している。それだけに一般国民の日本に対する偏見は想像を絶する。

 そんな中の今回のテレビ収録は、中国国民に対しどのような感情をもたらすのだろうか。
 日本人に感謝を言わせる回でしたね。中国語の堪能な公使を仕込むなど、計画的な犯行です。
posted by aquarelliste at 00:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 感想 | 更新情報をチェックする

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