2015年11月23日

趙紫陽の名が削除された胡耀邦特別番組

 11月20日は胡耀邦生誕100周年の記念座談会が開催され、また引きこもっている王岐山も含めた常務委員7人全員が出席しています。

 習近平はAPECから光の速さで帰国し、翌日にはリカちゃんが東アジア会議に出発という際どい日程を縫っての開催でした。昨年から開催は決まっていたので、両会議に日程の調整をつけるようお願いしていたんでしょうね。

 生誕100周年記念のつどいが党主催で開催された歴代の面々を見ても、遜色ないところまで来ていますし、現役時代の講話や発言などをまとめた文選が出版されています。これをもって完全復活といってもいいかもしれません。

 しかし。胡耀邦のドキュメンタリーが20日から3夜連続で5話放送されたのですが、隠蔽よりひどい歴史の改ざんを堂々と行っていました。

 サクッと状況を説明しておきますと、第12期一中全会では華国鋒のシンパが一掃され、ケ小平とそれに近い長老たちが政治局に復活し、さながら老人会のような平均年齢となってしまいました。確か70歳近かったんじゃないかと思います。

 常務委員もそれは同じで、総書記の胡耀邦ですら67歳。前世紀生まれで御歳85歳の葉剣英が常務委員に居座るなど、同年に行われた新人発掘は一体何だったのかという顔ぶれになってしまいました。

 若返りを果たすのは3年後の五中全会で、高齢者は中央顧問委員会に徐々に移行していったのですが、「中央委員会の助手と参謀」と党章程に規定された過渡期の産物のはずの老人会は、様々な形で現役世代に干渉し、胡耀邦の総書記解任や、第13期の常務委員、政治局委員人事にまで口を挟む輩も現れました。薄熙来の父にして同委副主任を務めた薄一波のことです。

 老人会の影響力を排除できなかったことがケ小平最大の過ちではないかとも思うのですが、そもそもヒラ党員のケ小平が軍事委主席とかよく考えたら異常事態なんですが、中顧委についてはまとまってないので別の機会に譲るとして、ドキュメンタリーの内容に戻ります。



 党大会の直後に行われ、党大会で選出された中央委員から、政治局委員、常務委員、紀律委員らを選出するのが中央委員会の第1回全体会議、通称「一中全会」です。

 第12期の一中全会も党大会の直後に行われ、常務委員、政治局委員らが選ばれています。下の画像は、ドキュメンタリーで使われた、一中全会の様子を報じた人民日報の一面です。

黨的事十二屆一中全會選舉中央領導機構和中央領導人
(党の第12期一中全会、中央指導機構と中央指導者を選出)
胡耀邦任總書記 ケ小平任軍委主席
(胡耀邦が総書記に、ケ小平が軍委主席に任命)

 とあり、その下に赤字で政治局常務委員が紹介されています。

2015112301.png
※時代をクリエイト

胡耀邦 葉剣英 ケ小平 李先念 陳雲

 一中全会で選出された常務委員は、「胡耀邦 葉剣英 ケ小平 趙紫陽 李先念 陳雲」の6人です。

 人民日報の「中国共産党歴代全国代表大会データ庫」にもそう書いてあります。

 フェニックスあたりが歴代の党大会や中央委員会を紹介する際、趙紫陽が絡んでくる会議はなぜか引きの写真を使用し、「時任總理」(当時の総理)といった紹介をするのは隠蔽ですが、まあこれは許しましょう。

2015112302.jpg

 中共が歴史をクリエイトするのはこれが初めてではないのはご存知の通りで、上の写真は「ケ小平と胡錦濤の親密な間柄を示す写真にしたい」という何だかよくわからない理由で、間にいた江沢民が消されています。

 江沢民失脚とかそういうのとは関係なしにやってしまうのが中共で、失脚して一度は写真から消された劉少奇が、名誉回復後に再度現れるなど出し入れ自由。某番組の「映す価値なし」と言えば分かりやすいのでしょうか。

 しかし、中共にいかなる事情があろうとも今回の措置は改ざん以外の何物でもありません。それなら無理して紙面を使う必要はなかったはずです。

 改ざんしてまで敢えて使ったというのは、「まだその時ではない」という強いメッセージなのかもしれませんが、それにしても落胆させられる胡耀邦100周年でした。
posted by aquarelliste at 21:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 消息 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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