2015年10月19日

趙紫陽の遺灰はまだ家の中

 趙紫陽が未だ埋葬されていないと知ったのは、命日である今年の1月17日でした。

 趙紫陽は1989年6月に発生した天安門事件で、「動乱を支持し、党を分裂させた」として党内外の全職務から解任され、自宅軟禁を解かれることのないまま2005年にこの世を去っています。現時点まで、名誉回復はなされていません。

 それはそれとして、故郷の河南省にでも埋葬されているのかと思っていたのですが、埋葬の格式について党中央と折り合いがついておらず、いまだ彼が住んでいた家の中に安置されているのです。

 遺族は閣僚級以上の大物が多数埋葬されている、北京市内の八宝山墓地に埋葬を求めたところ、中央弁公庁からは「司局級幹部区域」なら許可するとの回答。趙は総書記経験者なので遺族は当然拒否です。

 逝去10年を迎えた今年になっても、「待て」「適当な時期に処理する」と言うばかりでそれっきり進展がありません。

 この10年間で趙の妻である梁伯hも亡くなっており、遺族である子供達の希望は、「両親揃って同じ墓に入れたい」となりました。梁も共産党員で、副部級までいった女性です。

 かつて五男である五軍は「父の墓碑に『 動乱を支持し、党を分裂した』と刻んでしまおう。家族のものにしてみれば恥辱ではなく光栄だ」と、当局の対応の遅さに怒りをあらわにしています。

 10月17日は、生きていれば趙の96歳の誕生日に当たる日でした。いまだ埋葬は叶っていないのですが、趙の女婿(四女・王雁南の夫と思われ)は「静かで、しっかりと警備のされている場所」への埋葬を希望しているとコメント。

 これが八宝山を指すのか、別の静かな場所なのかは不明ですが、「静かな場所」は、これまでの党中央とのやり取りから離れた場所、つまり早く解決したいとの意味も込められているのかもしれません。

 日本でもそうですが、家の中に骨壺を置くのは墓が立つまでの間だけ。それが10年間も家中にあるというのは異常事態です。趙紫陽も死後までこんな扱いを受けるとは予期していなかったでしょう。


==参考消息==
http://cn.rfi.fr/中国/20150117-家人盼赵紫阳入土为安-当局要求等一等
http://cn.rfi.fr/中国/20150406-赵紫阳逝世十年终有望安葬
http://cn.rfi.fr/中国/20151018-赵紫阳逝世10年后骨灰入土为安仍遥遥无期
タグ:趙紫陽
posted by aquarelliste at 13:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 消息 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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